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エトセトラ

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振り返れば一瞬の出来事のように思える数々の思い出

船旅 南半球一周 (6)兵士の護衛付き観光

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モーリシャス・ボートルイスを出て翌1212日朝、後部デッキの最後部に立った。赤道を越えたのは1週間前。全身に浴びる太陽光線はきつい。見渡す限り船影は見えない。波は穏やかである。船は群青の海を前進中だ。海面を白濁させて真っすぐ伸びる航跡。遥か彼方の地平線は淡く曲線を描き、大空は青一色、真っ白な雲が点々と浮かんでいる。船体にわずかな振動を与える左右2基のエンジン音が心地よい。

海賊を警戒した「出入り禁止」が解かれた船尾8階オープンデッキ左舷側に喫煙愛好家たち「スー族」の面々が顔を出して腰をおろして雑談をいつものように始めた。

☆先生も生徒も客同士という「教室」

若者たちの掛け声が青天井の10階スポーツデッキから降り注いできた。鉄柵の囲いの中で各種の球技が楽しまれている。広さはバスケット・コートの半分弱ほど。この朝はサッカー教室の練習だった。スー族の1人、66歳の山形県人が指導役を買って出ている。少年サッカー指導歴25年というから適材だ。「マダガスカルの子どもたちと親善試合をする予定なので、みんな気合が入っている」と喜んでいた。

この人のように船客自ら「教室」の先生役に名乗り出るケースが多く、夫婦を驚かせた。主催者側は、先生も生徒も客同士という教室を、「自主企画」と呼んで希望者を募っていた。申請を受けて中身を審査して開催場所と利用時間を割り振り、必要ならばマイクなどの音響、映像装置などを提供する。場所は7階と8階の計17か所、時間は1コマ45分から1時間が一般的であった。これが船内新聞に日々掲載される。例えば横浜を出て15日目の125日の場合、6時から22時までの時間帯で、主催者側企画を入れて全企画数は82コマ、このうち自主企画は48コマ。半数を越えていた。

内容は百花繚乱。囲碁、将棋、麻雀は当たり前、マジック、合唱、ウクレレ、オカリナ、詩吟、着付け、英会話、スポーツ、講演などテーマを上げればきりがない。人に教えたいという欲求を持つ人は、趣味や特技を生かせるうえ、「先生」と呼ばれる快感を得られる。主催者は「この船旅だけの醍醐味」と胸を張る。「講師のギャラなし企画ではないか」と目くじらをたてるのは野暮というもの。客同士の交流のきっかけも作れる。

とは言え、自主企画に関心を示すことなく、太陽が照り付ける最上階、11階「オーシャンビューエリア」で甲羅干しをして適宜、同じデッキにあるジャグジーを利用、10階の有料サウナで日中の仕上げをする人もいる。「教室」に参加しようが、しまいが自由である。

男の妻は「折り紙教室」での万華鏡作りに夢中になった。男はつまみ食いタイプ、気分が向くと見物、というのが正しい。第2の寄港地ボルネオの報告会というのもあった。

☆大見えを切った半可通

8階のフリースペースが何か所かに区切られ、隅の一角で他の教室と同時に行われていた。講演する年配男性は、見得を切って話を締めくくった。「サンダカン娼館もありました。本の題名にもなりましたね。著者は有名な山崎豊子さんです」。年配女性数人が「へぇ~そうなの」と感嘆の声を上げた。

題名は「サンダカン八番娼館」、著者は山崎朋子さん、が正しい。「半可通は怖い。自戒すべし」と男はつぶやいた。

本船は翌12136時、マダガスカル共和国のトアシマナ港に到着した。本船はこの港で1泊する。ここでのオプションは「サッカー交流」など16コース。人気の的はテレビ番組でよく目にするバオバブ街道。1泊して初日に夕陽、翌朝は朝日に照らされる巨木を鑑賞するコースもある。

夫婦は、参加者106人のバオバブ観光日帰りコースを選んでいた。島の東側に位置する本船停泊地最寄りの空港から1時間10分、島の西側のムルンダヴァまで飛んだ。到着後に昼食。ボックス形式の弁当箱の中はスカスカ。中身は揚げ物とパン3切れ、果物が入っていたが、男は湿気と猛暑もあって食欲不振、手が出なかった。対して妻は完食の逞しさ、とうてい、かなわない。一行は中型バスに分乗して目的地へ

☆樹形千年の異形の巨木

街道はむき出しの赤土。沿道に樹齢は半世紀以上というバオバブが立ち並ぶ。幹は太い。幹の周りを大人が両手を繋いで囲もうとすると、樹齢千年の幹は8人の協力が必要だ、という。高さは約30メートル、頂に枝葉を蓄えている。気の遠くなる樹齢を持つ異形の巨木の林立に圧倒される。強い日差しの中で散策する我々一行に子供たちが近づいてきて物乞いをする。1ドル紙幣を渡した年配女性は「子供たちが奪い合って喧嘩を始めた。安易なことをした」と反省していた。地元の住まいは掘っ立て小屋。現地ガイドは「水道もガスも電気も通っていない」という。国から見捨てられたような生活環境だった。

☆買物の見守りは機関銃を手にした兵士

翌日、オプションを申し込んでいない「スー族」仲間の2人の男性は、船尾デッキから美しく見えたビーチに海水浴に出かけた。

男と妻は、森林破壊で絶滅の危機にあるキツネザネやカメレオンなどを保護している「トアシマナの動植物保護公園とバザールの観光」を選んだ。105人が参加、ミニバス3台一組のグループに分かれて回ったが、車列の前後に兵士を乗せたジープがついた。バザール見物では、若い男と女の兵士がジープをおりて、我々の買物を見守る。治安が悪いということだが、不思議と恐怖感はない。黒光りする機関銃を持つ兵士の表情はあどけなさが残り、緊張感を感じなかったからかも知れない。

主な売り物はバオバブを材料とした民芸品。夫婦は家で「断捨離」中。モノを捨てることに集中しているから、買物に魅力的を感じない。民芸品は手から落としたらすぐ割れる代物であった。

帰船すると、海水浴に出かけた2人がスー族のたまり場で待ち受けていた。ひとりは神戸乗船組で「禁煙中」との名刺を配っていた72歳、もう一人は地方の科学技術大学を退官した元教授66歳。異口同音に「ゴミが散乱していて汚い。泳ぐ意欲がわかなかった」という。船に戻ると、スー族はそれぞれの観光コースの感想を語り合うようになっていた。この日の2人に、それ以上、語るべきものはなかった。

本船は121420時、アフリカ大陸に向けて碇をあげた。次の寄港地はモザンビークのマプト。入港予定は4日後である。

☆下痢と発熱と嘔吐

この4日間が大変だった。

萎れた表情の乗客が目立ち始めた。原因の大半は下痢。サッカーで現地の子どもたちと交流した若者たちも例外ではなかった。230代の男女48人が参加したが、「健康だったのは数人ですよ」と喫煙スペースに顔を出した男子はゲンナリとした表情で語った。彼もまた「便意が頻繁に起きて、3日間、部屋に籠った」。

出港2日目から夫婦もおかしくなった。夕方から男は下痢症状を呈し、妻は発熱と嘔吐だ。妻はベンザブロック2錠を飲んだが、吐き出してしまった。妻の熱を下げたい一心で男はトイレの合間に7階自室と製氷機がある8階を5回往復した。氷嚢代わりに、氷をタオルに包んで妻の額にあてた。幸い翌日夕には回復した。一方、男の症状は船室に監禁状態となる重度ではなかったものの、正露丸はきかず、その後も、漏らす恐怖に苛まれた。体力、気力ともに減退、毎朝の日課であったデッキ10周ウォーキングを止めてしまった。

知ったところで、症状が改善する訳ではないが、原因がマダガスカルにあるのは確かだった。スー族の間では、弁当、現地での料理などとさまざまな意見が飛び出した。仕事の関係で水質に詳しい69歳の男性が「きっと水ですよ」と断言した。「日本の水道水の品質は世界一。日本を離れたら、だいたい質がよくない。日本人はやられやすい」。この人も下痢に悩んでいた。旅疲れ、熱暑の日々、胃腸は弱り、抵抗力が落ちているのは確かだ。

となると、船上だから安心とは言えない。本船は寄港するたびに大量の飲料水を購入するからだ。男はシンガポール出港後に聞いた喫煙仲間の64歳の女性の話を思い出した。ブラウンに染めた頭髪にいつもサングラスを乗せている佳人、とても60代には見えない。気楽に言葉を交換する女性だから人気を集めた。「船の水が合わなくなって、船内のショップでベットボトルの飲料水を購入することにしたの」。この体調管理で、彼女は今回の下痢を免れていた。男は彼女の方式を真似してみた。しかし、手遅れである。劇的効果はない。次の寄港地では、憧れていたサファリ体験が待つというのに……。(次回は「脱水症状とサファリ」)

 





by hirookuyam | 2018-08-13 16:42 | 地球一周

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